竹本義太夫の墓
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上町台地には人形浄瑠璃を語る上で外せない人物がいてるねん。
一人は近松門左衛門。もう一人は竹本義太夫。
竹本義太夫は慶安4年(1651年)、現在の谷町筋の茶臼山町あたりの農家で産まれてん。
浄瑠璃語りのモノマネが得意やったから、清水理兵衛に弟子入りし、メキメキと腕を上げ、ついには小屋の旗揚げまでやってん。そやけど最初はは客も入らへんかって、もう一回修行へと出て行ってん。ほんで7年後大坂へ帰ってきて「竹本座」を立ち上げて、新しい人形浄瑠璃を誕生させてん。
でも竹本座の経営は火の車やってん。
そこに現れ竹本座をすくったんが近松門左衛門やねん。
「曽根崎心中」は世話浄瑠璃として大ヒット。竹本義太夫の人気は絶頂期を迎えてん。

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