難波宮跡
 

中央大通りと上町筋が交わるところに、一面に緑が広がる公園があるやん。それが難波宮史跡公園(難波宮跡)やねん。難波宮っていうのは645年の大化の改新をきっかけに都が遷って以来、この地に存続しててん。ほんなら何で、この地に都が遷されたのか?
当時、大阪は難波津という国際港として、中国、朝鮮半島との外交や流通の要所として重要な役割を果たしててん。そやから、その地に都を遷都するって言うことは、緊張した国際関係のなかにおいて、めっちゃ意味のあることやってん。だから、国内外に対して虚勢を張る意味でも、立派な宮殿を建て、対等な外交を保とうとしてんなぁ。その宮殿は「日本書紀」よると「ことごとく論ずべからず」と記されるほど立派なものであったらしいねん。

Copyright ©2005 上町ネット All Rights Reserved.